私は6歳から15歳の間、地元の少年団でサッカーを習っていた。
その9年の間、メンバーはほとんど変わっていない。
その集団の中で一番下手だったからこそ分かることがある。
「実力がない人間は見下される」
実力がないとどうなるか
実力がないと、まず自分に自信を持てなくなる。
その心理状況は如実に行動に出る。
そしてその姿を目の当たりにした第三者に、「見下すか見下さないか」の権利を譲渡してしまうのだ。
つまり実力のない者は、集団内にとって俎板の鯉と同義であると言える。
連鎖
一度見下されるような行動を受けると、それが許される雰囲気が一瞬で集団内に蔓延する。
「こいつは馬鹿にしてもいいんだ」「激しい言葉をぶつけてもいいんだ」「関わらないようにしよう」
そうやって、見下された人間は集団内で孤立していく。
残された手段
そのような立場の人が生き残るための手段は2つある。それは
①実力をつける
②集団から離脱する
の2つである。
見栄えが良いのは①の方だろう。少年漫画の王道展開ともいえる。しかしこのパターンで生き残るのはなかなかいばらの道であると私は思う。なぜなら一度心をへし折られているからだ。一度弱者のレッテルを貼られた者が同じ集団内で立ち直るには、相当の根性と努力が必要だろう。
②は一時的にではあるが確実に生き残ることが可能だ。しかし問題はその次どうするかである。
もう一度他の集団に所属するのか、はたまた一人で生きていく道を模索するのか。
適正にもよるがもう一度他の集団に所属する場合、個人的には一度時間を空けることが賢明だと考える。
前回の集団内での扱いから、負け犬根性が板についてしまっている可能性が高いからだ。
それでは同じことを繰り返してしまうことになる。
よって②を選択した場合の最適解は、時間をおいてなぜ集団内で孤立したのかを振り返った上で、次の道を模索することではないだろうか。
まとめ
集団内において実力がない人間は、集団内の人間に生殺与奪の権を握らせているのと同義である。
惨めな思いをしたくなければ、実力をつけるために最大限の努力をせよ。
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